2004 年
2 月
4 日
カテゴリ:子ども・教育・女性
国連・子どもの権利委員会第2回日本審査 傍聴記その2
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会議は10時〜午後1時までに政府代表のプレゼンテーション、委員からの意見や質問、15分の休憩(その間に政府の代表団は答弁を調整する)をはさんでさらに質問、と進み、2時間の休憩のあと、3時から6時まで、また質問と答弁が繰り返され、しかも352にわたる政府の報告書の項目のあちらこちらに質問が行き来するので、傍聴するだけでも緊張の連続でした。不勉強のため、すべてのやり取りのもつ意味がわかったわけではありませんが、子どもの権利が保障されていない日本の現状に対しての不満や政府の答弁のあいまいさに対する委員の怒りは、同時通訳の持って回った日本語の表現からでもずんずんと響いてくるものがありました。 まず印象に残ったのは子どもの権利条約の広報、普及に関してのやり取りでした。取り組みが不十分との指摘に対して、「学校教育の中で人権に配慮した教育で、これまでも、これからも行なっていく」「小中学校の社会科で人権について具体的に取り扱っている」「教員の研修を行なっている」との答弁には「エー、ほんとう?」と声をあげそうになり、「児童・生徒に人権感覚が身についていないことを指摘された。引き続き努力していく」との答弁を聞いて、「人権感覚が身についていないなどとよそ事のように言わないで!!」と怒りがむらむら。パンフレットを配ったり、ホームページに条約文を載せるだけで、人権意識が育つわけではないし、権利の主体者として意見を尊重されることもなく、日常的に人権侵害されて嫌だと思ったことを受け止めてくれるおとなを見つけることもできない現状をどう考えているんでしょう。国の考えている子どもの意見表明権は「学校における懲戒などにあたって、学校教育法に基づいて教育的配慮から児童・生徒からも事情を聞く機会を設けている」「少年矯正施設で、鑑別の妥当性の確保の観点から、必要に応じ、少年から処遇または一身上の事情に関する申し立てを聞く制度がある」という程度のもので(もちろん大事なことではありますが)、カリキュラムなど個々でないものについて児童の意見を聞くことは義務ではないとの解釈だそうです。 今回の政府代表団はほんの少し前まで「もっと自由な学校生活を送りたい、もっと意見を聞いて欲しい!」と思っていたのではないか、と思うほど若い人が多く、(30代?ではないかと憶測しているのですが)、この会議の重要性を政府がどう考えているのか、疑いたくもなってしまうのですが、若い人の人権感覚や正義感にも期待したいのです。それにしても一国を代表する立場になると「わが国の政府のやっていることは正しい」と断言してしまうのですね。
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